シリーズ「南極・北極研究の最前線」 第7回

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地球最後の磁場逆転は従来説より1万年以上若かった

国立極地研究所助教 菅沼 悠介

 過去の地磁気の変化は地層中に古地磁気記録として残される.従って,古地磁気記録を調べることで地磁気の極性が過去に何度も逆転を繰り返してきたことが明らかにされてきた.特に,最後に起こった地磁気の逆転は,「ブルン-松山境界」(Brunhes-Matuyama境界)と呼ばれる最も顕著な地質年代基準面の1つであるため,この境界の年代値を精度良く決定することは,地層対比や編年を高精度で議論する上で非常に重要である.従来,ブルン-松山境界の年代は深海底堆積物から求められた酸素同位体比変動曲線にミランコビッチ理論に基づく天文学的年代補正を施すことで求められてきた.現在広く受け入れられている約78.1万年前のブルン-松山境界年代値もこの方法で求められている.一方,溶岩流層に記録されたブルン-松山境界に対しては,40Ar/39Ar法という年代測定法を用いることにより,絶対年代値を決定することができる.この手法に基づく最新のブルン-松山境界年代値は78.1~78.4万年前であり,従来の年代値とおおよそ一致していた.しかし,40Ar/39Ar法については,基準試料のArの測定値と年代との対応に複数の見解があったことなどから,一部の研究者の間ではその正確さに問題が指摘されていた.またここ数年,堆積速度の大きな深海底堆積物や南極氷床コア(EPICA Dome C)の古地磁気や宇宙線生成核種フラックス記録から,78.1万年前より0.7~1.0万年若いブルン-松山境界年代値が相次いで報告されている.この年代値のずれの原因としては,特に海底堆積物の古地磁気記録の獲得に伴う問題が考えられており,従来のブルン-松山境界の年代値が真の年代より古く見積もられている可能性が指摘されていた.  そこで本研究では,千葉県市原市田淵の養老川岸の地層「千葉セクション」(図1)中に見つかった「白尾火山灰」と呼ばれるブルン-松山境界付近の火山灰層に注目した(図2).新たに超高分解能で求めた古地磁気記録と有孔虫殻化石の酸素同位体変動から,同火山灰はブルン-松山境界の80 cm下位に位置し,酸素同位体ステージ(MIS)19(図4参照)に対応する間氷期の後半に対応することが明らかになった.そこで,同火山灰からジルコン粒子を選別し,国立極地研究所の二次イオン質量分析計 (Sensitive High Resolution Ion Microprobe: SHRIMP) を用いてU-Pb年代測定を行った.この手法の利点は,標準試料の年代値が確定していない40Ar/39Ar法とは異なり,基準試料の年代値がより正確に決められている独立した手法で絶対年代値を入れられること,各ジルコン粒子の年代値が得られるために再堆積やリサイクル性のジルコンを認定し,取り除けることなどがある.
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写真1:千葉セクション(千葉県市原市)の位置.

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写真2:市原市田淵の養老川岸の地層「千葉セクション」で見つかった白尾火山灰.同火山灰の期限は長野県の御嶽山であると考えられている.

 火山灰から取り出した全64のジルコン単結晶のうち,24 個から得られた206Pb/238U年代が白尾火山灰起源であり,その平均年代値は77.27 ± 0.72万年であった(図3). そして,この年代値と,酸素同位体記録から求めた千葉セクションの堆積速度から,ブルン-松山境界年代値として,新たに77.02 ± 0.73万年を報告した (Suganuma et al., 2015).以上の結果からブルン-松山境界年代値は従来よりも1万年近く若く修正される可能性がある.また,40Ar/39Ar年代測定については,現在一般的に利用されている標準試料の年代に,再検討の余地があることを示唆する.
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写真3:測定に用いたジルコンの電子顕微鏡画像(A)と,年代測定結果(B).Bは今回測定した全24個のジルコン粒子それぞれの年代値と,統計的に導き出した白尾火山灰の年代値(緑)を示す.

 今回,ブルン-松山境界年代値は定説より約1万年若い約77万年前である可能性が高いことが明らかになった.さらに,当時の海洋の酸素同位体比の変動とブルン-松山境界年代の関係を,世界の他地域での海底堆積物や南極氷床コアの分析から求められた年代と比較した(図4).その結果,この新しいブルン-松山境界年代値は,堆積速度の大きな深海底堆積物や南極氷床コアの古地磁気や宇宙線生成核種フラックス記録が示すブルン-松山境界年代値と整合的であることが確認された.これは,氷床コア年代モデルの精度を全く別の手法で担保すると共に,地磁気逆転イベントを通じて,氷床コアと海底堆積物を直接対比し,古気候記録を比較できることを示す.特に最近,現在の間氷期との軌道要素*1の類似性から注目されているMIS19の間氷期の気候変動研究にも大きく貢献するものとなる.
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写真4:本研究で新たに決定したブルン-松山境界の年代値と,他地域の海底堆積物や南極氷床コアの分析から求められた年代との比較.Site U1308とLR04は海底堆積物,Dome-Cは南極氷床コアのデータで,共に氷期・間氷期の変動を示している.今回の結果から,「千葉セクション」の国際標準模式地(GSSP)認定とともに,地磁気逆転を基準とする前期・中期更新世の境界の年代値も修正される可能性がある.

 本研究の特に画期的な点は,ブルン-松山境界に非常に近い火山灰層に注目したこと,新たに超高分解能で地層の古地磁気を測定したこと,および火山灰中のジルコン粒を一つずつ大量に測定したことで,これらの全ての面で既存の研究を上回る精度で地磁気逆転の年代を決めたことが今回の成果に繋がった.  ブルン-松山境界の年代は,他の地層の年代決定の基準にもなっているため,今後この成果によって,恐竜が絶滅した白亜紀-古第三紀境界など様々な地層の年代が修正される可能性がある.また,今回研究を行った市原市田淵の養老川岸の地層「千葉セクション」は,第四紀更新世前期・中期境界の国際標準模式層断面及び地点(Global Boundary Stratotype Section and Point:GSSP)の候補である.GSSPは,重要な地層境界に対して,模式地となる場所が世界で一カ所選ばれる.第四紀更新世前期・中期境界の候補地点は,イタリア南部のモンテルバーノ・イオニコと,ビィラ・デ・マルシェ,千葉県市原市の千葉セクションの3カ所である.本研究の成果は千葉セクションの模式地選定に繋がる重要な研究成果であり,「千葉セクション」が国際標準模式地に選定されれば,日本初となり,その証として地層に「ゴールデンスパイク」(国際標準模式地を証徴する丸い金色の鋲)が打たれることになる. <文献> Suganuma Y., Okada, M., Horie, K., Kaiden, H., Takehara, M., Senda, R., Kimura, J., Kawamura, K., Haneda, Y., Kazaoka, O., Head, M.J., Age of Matuyama–Brunhes boundary constrained by U-Pb zircon dating of a widespread tephra, Geology, 43, 491-494, 2015. <注> *1軌道要素 離心率(10万年周期),地軸の傾き(4.1万年周期),および歳差運動(1.9~2.4万年周期)の三つの要素.これら要素に起因する北緯65度の日射量変動が,大陸氷床規模の変動を通して,地球全体の周期的な気候変動に影響を与えると考えられている.これをミランコビッチ・サイクルと呼ぶ.

菅沼 悠介(すがぬま ゆうすけ) プロフィール

2005年東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻終了,博士(理学),産業技術総合研究所研究員,東京大学大学院理学系研究科特任助手・助教を歴任.現在,国立極地研究所助教・総合研究大学院大学助教.第51次,第53次,第55次,第57次夏隊に参加(すべて別働隊)。専門は第四紀地質学,古地磁気学,南極環境システム学.
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